ちゃいるどネットコラム
第5回 統計的・計画的に進める食育 小川雄二(名古屋短期大学)
はじめに
連載最終回は、園における食育の進め方について学んでいきます。食育活動に含まれる保育の内容は、これまでも各園でかなり旺盛に取り組まれてき たことでしょう。しかし、いま求められているのは、「子どもたちに何を育てるのか」ということを明確にした上で、そのためにはどんな働きかけや教材が有効 であるかを保育者がきちんと押さえて行う「系統的・計画的に進める食育」です。食育の計画・食育の指導計画を作成して保育計画の中に食育を位置付ける必要 があるのです。
このことで、食育の活動がより効果を発揮します。また、食育を単年度の取り組みではなく、恒常的な取り組みにして、年月を重ねるごとによりすぐれた内容とするためにも、「計画」はなくてはならないものです。
食育についての現状把握と学習
園で食育の取り組みを開始する上で大切なのは、子どもと家庭の食の実態を把握することです。子どもの食についての問題を園で検討するとともに、家庭に対してアンケートなどを実施して、子どもの実態を把握します。もちろん、アンケートの結果は家庭にも返していきます。
さらに、園で食育がどのように位置付けられ、これまでどのような実践がされてきたかについても点検します。また、保育者・給食担当者の意識や関心につい ても自己点検し、学習の機会を設けます。学習資料としては、楽しく食べる子どもに 〜食からはじまる健やかガイド〜 保育所における食育に関する指針 21世紀を担う子どもたちの食育ガイドライン(東京都南多摩保健所)などを用い、子どもの食に関する発達を把握することにポイントをおくとよいと思いま す。
これらを、通して、園全体で食育に取り組むことの必要性を確認し、「めざす子ども像」を確定させます。全体で取り組む課題であることを園の職員全員で確認して、保育者と給食担当者がしっかり連携して進めます。
「食育全体計画」「年齢別食育年間指導計画」の作成と実践
「めざす子ども像」を実現するための、園全体の「食育全体計画」を作成します。その内容やねらいは、私がこの連載で提起した「健康な体を育てる」「ここ ろや人間性を育てる」「食の知識やスキルや興味を育てる」という三つの枠組でのねらい・内容でもいいですし、『保育所における食育に関する指針』で示して いる「食と健康」「食と人間関係」「食と文化」「いのちの育ちと食」「料理と食」というねらい・内容を参考にして、各園で作りましょう。最初から完全な計 画である必要はありません。自分たちで食育計画を作るためには、現在のその園の子どもの姿をつかみ、食における発達も見通しを保育者自身がもたなければな りませんから、食育計画作成は、最も効果的な学習であるといえるかも知れません。
さらに、その「食育全体計画」をより具体化した、「年齢別年間指導計画」を作成し、それに基づいて実践していきます。年間指導計画に基づいた、週・日の計画も随時作成して、子どもの実態や実践の成果にそって修正を重ねていきます。
食育を意識的に進めるためには、「食育計画」を作るとよいのですが、本来、保育計画と食育計画は別々に存在する訳ではありませんので、将来的には保育計画の中に食育計画を位置付けるとよいでしょう。
給食担当者の役割
給食担当者は保育所における食育推進においては中心的存在です。「子どもの食事の専門家」としての自覚をもち、安全でおいしい給食やおやつを作るととも に、保育士と連携して子どもへの働きかけを行います。下ごしらえなどのお手伝いやクッキング、配膳のお手伝い、バイキングやリクエストメニューなどを計画 の中に位置付けることが望まれますが、そのためには、保育者と給食担当者との連携が不可欠です。
さらに、給食担当者は、保護者を対象とした調理実習やレシピの紹介など、家庭への働きかけの中心になる必要があります。さらに、食育の実践力量を高めていくためには、給食担当者自身が食に関する資質を向上させていくことも必要です。
なお、平成15年に成立した次世代育成支援対策推進法に基づき、行動計画策定指針が定められているが、その中の、「市町村行動計画及び都道府県行動計画 の内容に関する事項」の中でも「保育所の調理室の活用」を求めており、その面でも給食担当者への期待は大きいものがあります。
家庭との連携
食育活動を園だけではなく家庭と連携して取り組むことで、大きな成果につながります。前述の食生活アンケートは保護者が食生活を見直す機会にもなりま す。日常的には、連絡ノートや面談を通して家庭の食の状況をつかみ、給食だよりを計画的に発行しましょう。献立やレシピ集の配布をするとともに、給食担当 者を講師にした調理実習などを開催して、家庭における食育への取り組みを促していきます。保育参観の際に給食やおやつの参観や試食会、栄養士や専門家を招 いての講演会・学習会、食をテーマにしたクラス懇談会などを行うことで、園での食育の取り組みを伝えることができます。また、迎えの際にその日の給食を展 示したり、食育絵本のコーナーを作って自由に借りられるようにすると良いでしょう。
保護者の意識を変革することで、家庭の食生活が変わり、家族揃っての楽しい食事や規則正しい食生活習慣、さらには生活リズムの確立につながります。小学 校以降では、こうした取り組みはなかなか成果があがりませんが、保育園・幼稚園の時代には取り組み次第で家庭を変えることができるはずです。
地域との連携
食育は園と家庭だけではなく、その地域にある他の保育園・幼稚園、教育機関、保健所・保健センターはもちろん、農業者、飲食店、商店、スーパーや生協、さ らには、食育推進ボランティアと連携することで、より優れた活動になります。また、未就園家庭を対象とした企画や情報提供なども行う必要があります。
第4回 知識・スキル・能力を育てる食育の特徴 小川雄二(名古屋短期大学)
はじめに
子どもは、食についての意図的な働きかけによって正しい食行動を身につけていきます。それを基礎にして、食べものやそれを生み出す過程に関わることで、多くの知識や技術(スキル)を身につけ、さらに人間として求められる能力をも獲得していくことができます。
おいしく楽しい食事は、体と心を育むとともに、食に対する興味・関心・意欲を育てます。食に関わる楽しい体験によって、子どもは見違えるほど変わっていくはずです。成果が目に見える形で出て来るのも、知識・スキル・能力を育てる食育の特徴です。
正しい食行動を身につける
正しい食行動を身につけさせていくことは、食育の大きな目的です。例えば、「食事の前に手を洗う」という行動の発達について見ると、0歳では手をふいてもらい、1歳になれば洗ってもらい、2歳では手伝ってもらって自分で洗おうとするようになる段階を経て、3歳になれば自分で洗えるようしていきます。そして、4・5歳では、手を洗うことの意味を理解してより上手に洗えるようにしていきます。
食具の使い方については、0歳前半では保育者に食べさせてもらいますが、離乳後期から1歳では手づかみ食べになり、やがて、スプーンへの興味が出てきて2歳半くらいでスプーンが上手に使えるようになります。3歳からは箸を使いだすようになり、4歳では上手に箸が使えるようにしていきます。このほか「食事のあいさつ」「食事の姿勢」など食行動の発達の目安時期をつかみ、適切な働きかけをしていきます。
知識を育てる
●食べものの名前や旬や栄養を知る
子どもたちに食に対する関心をもたせ、食に関する多くの知識を身につけさせる取組みは、食育の大きな柱です。「これは何?」「食べてみたい!」という好奇心が知的関心にもつながりますし、他のさまざまなことにもチャレンジしようという気持ちも育てます。
2歳頃から、食べものの名前や献立名を少しずつ覚えていき、やがて4歳頃には、食べものの旬がわかるようになります。食事に主食・主菜・副菜・汁物が揃っていることも理解できるようになります。5歳になれば、食べものを「赤・黄・緑」の三色食品群に分けることもできるようになり、栄養素の働きを理解してそれらをバランスよく食べる必要があることも解るようになります。
また、保育者が「虫歯予防」「野菜の大切さ」「朝ごはんしっかり食べた?」といったテーマにそって、絵本、パネルシアター、エプロンシアター、パネル、ポスターなどの食育媒体や実際の食べものを使って働きかけることで、食と健康の関係を知識として理解できるようになります。こうした子ども時代の食への関心や知識は、「食を営む力」の基礎になり、健康に生きていくために食べものを選ぶことができる自立した人間につながっていきます。
スキルを育てる
●食事作りに参加する
クッキングは子どもたちの大好きな体験活動です。最初は大人の調理を見て関心をもつようにし、やがて、洗う、ちぎる、丸める、まぜる、こねるなどの作業を、楽しみながら経験させていきましょう。4・5歳になれば、包丁を使ったり、ホットプレートで焼いたりするなどほとんどの調理ができるようになります。
クッキングの体験によって、様々な素材や調理器具と出合い、食べものへの関心を広げ、器具の安全な使い方や食品の衛生についての知識を身につけていきます。もちろん、基本的な調理技術を習得し、手先を器用にしていきます。さらに、切り方やおいしそうな盛り付けの方法などを工夫するようになります。このように、食事作りに参加することで、子どもたちは生活に必要なスキルを身につけていきます。
「生きる力」を育てる
●栽培・買い物・料理
クッキングだけでなく、食の一連の過程つまり、栽培、収穫、買い物、下準備、料理、食卓の準備、食事、片付けなどに、できるだけ多く関わるようにしましょう。食は実体験できる内容が豊富ですし、子どもにとっても分かりやすい情報の宝庫です。体験を通して食の知識が増えていくことで、子どもたちはたくさんのことを「知ることの喜び」を実感することができるでしょう。学ぶことの楽しさ、知識が増える喜びを心に刻んでいきます。さらに、学んで得た知識を実生活に活かすことができるのも食育のメリットです。子どもが学んだことを家庭で保護者に伝えることで、家庭の食生活をも変えることができます。
こうした食の体験活動の重要性は、小学校の教育でも注目を浴びています。次代を生きる子どもたちに求められる力は、「生きる力」すなわち、「問題発見・問題解決能力」だとされており、その力を伸ばすために、小学校3〜6年生で430時間が「総合的な学習の時間」にあてられていますが、その内容は食に関するものが非常に多くなっています。このことは、食が「生きる力」を育むうえで、重要な存在でもあることを示しています。
食は、名前、旬、味、産地といったことから、おいしい食べ方、栄養、農業のこと、環境とのかかわりをはじめ、科学、文化、環境、経済など多様な情報があり、それらはただ単に断片的な知識ではなく相互に関連しています。学びの対象として非常に優れているのです。加えて、栽培・買い物・料理などは「見通しを持ってものごとを進めていく力」を育てる格好の活動になります。もちろん、幼児の保育において、そこまでを目指す訳ではありませんが、食育は子どもたちの能力を伸ばすことにも繋がる活動であることに確信をもちましょう。
知識・スキル・能力を育てる食育をすすめるためには、子どもが体験できる場である給食調理室や台所の存在が必要不可欠であるとともに、食を伝える存在としての親や保育者の知識も重要です。親や保育者も子どもに伝えられるだけの食の知識をもっていなければなりません。保育者と親は、自らの食育に取組む必要があります。
第3回 人間らしい心を育む機能 小川雄二(名古屋短期大学)
はじめに
家庭の台所や食卓、保育園の給食調理室、毎日の給食の場は、食事を作ったり栄養を摂取したりするだけでなく、子どもたちの人間らしい心を育む役割を確実にもっています。食とそれにまつわる営みがもっている「人間らしい心を育む機能」を最大限生かそうとする取り組みも、重要な食育活動であるといえるでしょう。
心の育ちと食育
心の発達には時期的な特徴があり、0歳児の時期には心の基礎となる基本的信頼感、1〜2歳児の時期は自律心、3〜5歳児では積極性・自発性・良心などが育つとされています。0歳の頃、おなかが空いて泣けば乳を与えて食欲を満たして満足させてあげること、離乳食を上手に食べられるように発達に見合った調理形態のものを準備することなど、食における快適さや満足感は、基本的信頼感という心の基礎を築く上でもっとも大切です。1〜2歳の頃、自分を律して頑張り苦手なものを少しずつ食べられるようになったり、食具を使えるようになるためにちょっと我慢して努力する体験は、自律心を育てていくでしょう。さらに、3〜5歳では、集団の中での食に関する自発的経験や生活体験(クッキングや栽培)などを通して積極性・自発性・良心も育てることができます。このように、食育活動は心の育ちを支える柱です。
食を通した愛の交流
食を通して、子どもが「愛されている実感を得ることも」大切な食育の働きかけです。心がこもった食事が食卓に並べられ、それを味わって満足感を得た時、子どもは愛され大切にされている自分を実感することができます。それが親であれ園の給食担当者であれ、自分のために心をこめて食事を作ってくれる人の存在とその人の思いを実感することは、子どもが伸びていく原動力になります。
そのためには、手作りであることと、作り手の愛が伝わるような工夫も必要です。給食担当者は、できるだけ保育室に顔を出したり子どもに話しかけたりするようにして、心を込めて一生懸命給食を作っていることを「言葉に出して」伝えましょう。保育者は、給食担当者の思いを子ども達に伝える努力をするとともに、作ってくれた人に対する最大の感謝として「おいしい!」という言葉が自然に言えるような子どもたちを育てるようにしましょう。食べものを食べた時に「おいしい!」という言葉を自然に言える子どもは、それだけで、雰囲気を明るくすることができますから、良好な人間関係を築くことができる力を持っているということになります。
一方、家庭での食事のお手伝いやクッキング保育では、実際に自分たちが調理に関わることで、いつも自分のために食事を作ってくれている人の気持ちを理解することができ、人への感謝の気持ちを育てます。また、食事作りは愛する心を育てる上でも大切です。「料理は人を喜ばせる最高の芸術である」という言葉がありますが、まさにその通りだと思います。大好きな人への思いやりや愛を食に込める体験は、愛情豊かな人に育っていくうえで欠かせないことではないでしょうか。
楽しい食事が人と関わる心を育てる
友達や家族と一緒の楽しい食事をたくさん経験させてあげましょう。「一緒に、楽しく」は、おいしさの前提条件にもなります。また、一緒に食事の準備を助け合って行うことや、食べものを分け合うことの喜びを感ずることでも、助け合って生きる気持ちを育てていきます。さらに、クラスの子どもや家族だけでなく、地域の方々、異年齢のクラスの子どもなどと一緒に食べたりすることで、新しい人間関係を作っていく喜びを感じられるようにしていきましょう。やがて、大好きな人と一緒に食べたい、食べることを通してたくさんの友達をつくりたいという気持ちも育ってくることでしょう。
いろんな人と一緒に食事をして、「どんな味がするのかな?」と一口味わって、「おいしいね」と共感することで、人も自分と同じように感じていることを知ります。こうした、人と人の心が通じあう心地よい体験の積み重ねによって、相手の気持ちがわかるようになっていきます。
食事作りが自己肯定感を育てる
子どもが食事作りに関わることも、心を育てる大切な食育活動です。食事作りに関わることは、知識やスキルをはじめ多くのものが身につきますから、食育の中心的な活動のひとつですが、「幸せに生きる心」を育てる上でも大きな意味を持っています。
子どもたちは、自分が作った料理を食べてくれた人から「おいしかったよ。ありがとう!」と褒められ感謝されることで、仕事が果たせたこと、人の役に立っていることに無上の喜びを感じます。作った料理やその行為を認められることで自分の存在を確認し、自信が芽ばえてきます。自信をもち、自分自身が好きになることで、「今の自分であって大丈夫という思い」すなわち「自己肯定感」を心の中に作っていきます。
自分が好きなこと、自信があること、自己肯定感をもっていることが、人間が幸せに生きていける条件だと云われています。子ども同士を比べたりする活動では自己肯定感を育てることはできません。食事作りの場合には、どの子どもが行っても必ず、褒めてあげることができます。さらに、食事作りのお手伝いはどんどん上達していきますので、繰り返し褒めることができますから、子どもたちの自己肯定感を育む上で、もっとも効果的な営みかも知れません。
そのためには、子どもが料理に参加できる場が、家庭や園になければなりません。台所、食卓、給食調理室を子どもたちの大好きな場にしたうえで、「食の営みが子どもの心を育てる力があること」に保育者・保護者が確信を持たなければなりません。
食は前の世代がその営みを通して次の世代に伝えるものであることを考えるとき、それは何か特別な一日ではなく、親や保育者の食についての考え方をベースにしたふだんの食のありかたこそが大切です。「子どもの見えるところで、できれば一緒に、素材から料理を作って共に楽しく食べる」という、いわば当たり前の毎日の食事や給食が、子どもの健全な育ち支え、幸せに生きる心の礎を作っていくのです。
第2回 体を育てる食育 小川雄二(名古屋短期大学)
はじめに
子どもは食べものに含まれる栄養素を素材にして体を成長させていきます。そして、食べる行為を通して、体の機能も発達させていきます。消化機能の発達、摂食機能の発達、幼児期前半の咀嚼能力の完成、嗜好の発達、食事の時に空腹になるリズムなどが作られていきます。
しかし、こうした体の機能の発達は、保護者と保育者の適切な働きかけがなければ獲得できません。体の機能を育てる働きかけは、乳幼児期の食育の重要な柱といえるでしょう。そこで、今回は体を育てるための働きかけとして、「摂食機能」「嗜好」「安定した食欲」のための食育について学んでいきます。
摂食機能を育てる
●離乳
母乳は生まれてすぐの赤ちゃんでも飲むことができます。それは、原始反射(哺乳反射)という生まれつき備わった力があるからです。しかし、離乳食はそういう訳にはいきません。大人が、「摂食機能」を意識的に発達させるように食べものの調理形態や与え方を工夫することで、1歳半くらいまでに固形のものをつぶすことができる機能を獲得し、3歳くらいまでに咀嚼機能を完成させていくのです。
嗜好を育てる
●味の記憶を増やす
主に味覚によって形成される嗜好(食べものの好み)のしくみを学びましょう。舌で感知された食品の味は、大脳の味覚野で識別され、扁桃体という部分に伝えられ、「快」「不快」が評価されます。扁桃体は、味覚野から情報が入ってくると、それと同じ味の記憶が脳の中にどれくらいあるかを探します。同じ味の記憶がたくさん蓄積されていれば、「いつも食べている味なので大丈夫」という判断となって「快」と評価します。逆に、その味の記憶が少なければ、「あまり食べたことがない味なので、食べてよいかどうかわからない」ということで、「不快」と評価してしまいます。
このように、嗜好は生まれてからその日までに何をどれだけどのように食べ、味覚情報を脳にどれだけ蓄積してきたかということにかなり依存しているのです。同じものを繰り返し何回も食べれば、美味しく感じられるようになります。乳幼児期から学童期が、このしくみを発達させていく最も重要な時期です。多くの食品独自の味の情報を脳にたくさん入れて、記憶させていくことで、美味しく食べられる食品の幅を広げていくことができるのです。
嗜好を育てる
●楽しい食事の大切さ
扁桃体は、感覚情報の「快」「不快」を感知することで、危険を避ける働きをしている器官ですから、味の記憶量だけでなく、その味が安全であるという経験の蓄積も必要です。味の記憶は脳の中で様々な情報とリンクしています。ですから、どんなに味の記憶量が多くても、その記憶が嫌な経験と結び付いていたのでは、扁桃体は「快」=「美味しい」と評価してくれません。例えば、無理やり口の中に押し込まれたり、喉に骨が刺さってつらい思いをしたりしたことのある食べものは、味の蓄積があったとしても、マイナス体験が邪魔をして美味しく食べることができません。食事の際に「まずそう」「気味が悪い」「へんな色」などの言葉を聞くと、その情報が邪魔をして美味しくなくなってしまいます。
逆に、食事のとき「おいしそう!」と、だれかが一言云うだけで、その食べものはとても美味しく感じられるようになります。作ったひとが「今日は心をこめて作ったから美味しいよ!」と言うことで、食べる人はより美味しく食べることができるのです。気の利いた献立名、きれいな盛り付け、適切な言葉がけなど、多くのプラスの情報をその食べものにリンクさせることで、扁桃体はその味を「快」と評価するようになります。
食に関する前向きの体験や食事を楽しい時間にすることも大切です。自分で栽培したり、収穫したり、選んで買ってきたものは、その行為がプラス情報となって美味しく感じられます。家族や友達とのバーベキュー、鍋を囲んでの一家団欒の楽しい食事、遠足でのお弁当なども、プラス情報になって、食事をより美味しく感じさせてくれます。こうしたしくみを知って食事を工夫することで、子どもたちは多くの食べものを美味しいと感ずることができる嗜好を育てていくことができます。
食欲の安定した状態に
食欲がある状態を子どもの体に作り出すことは意外に難しいことです。そこで、食欲のしくみを理解しておきましょう。食欲を決める最大の要因は血糖値です。「満腹中枢」と「摂食中枢」という部分が、血糖値を感知して食欲を決定しています。食事後約三十分で血糖値は上昇していきますが、高い血糖値は満腹中枢を刺激して満腹感を感じさせ、食欲がなくなります。食事後時間を経るにしたがって、血糖は体内のエネルギーとして少しずつ消費され、血糖値が一定以下に下がると摂食中枢が刺激されて食欲を湧かせます。
給食やお弁当をおいしく食べるためには、食事時に血糖値が下がっていなければなりません。午前中にしっかり活動をしてエネルギーを使えばよいのですが、朝食と昼食の時間間隔は四~五時間しかありませんので、例えば、朝食時刻が遅い子どもの場合には登園時間が遅いため午前中の活動量も少なめですから、昼食時に十分に血糖値が下がっていないことになりがちです。
食事時に血糖値が下がっている生活のリズムを大人がアレンジすることが大切です。正しいリズムで毎日生活することで、決まった時間に食欲が出てくるようになり、食べることが好きになる前提ができます。
第1回 いま求められる食育 小川雄二(名古屋短期大学)
はじめに
保育や子育てに関わるすべての人々が、食育の意義を理解したうえで、その実践を求められる時代になりつつあります。保育者は、食に関する子どもの発達をつかんだ上で、「目指す子どもの姿」を明確にしつつ、系統的・計画的な食育の取り組みを進めていただきたいと思います。そこで、その参考にしていただくための基本的な事項や情報を、5回の連載でまとめていきます。
食育がもとめられる背景
子育て家庭の食生活の乱れが深刻になっています。食育という言葉は使われていませんでしたが、「食についての教育」は家庭教育の重要な柱として、これまでも家庭で行われてきました。しかし、子育て世代の食についての意識の希薄さが広がるにつれて、食についてのつまずきをもっている子どもたちが増加しています。
子ども時代の食生活の乱れは、現在はもちろん、将来の健康にも影響を与えることは周知の事実です。また、食生活と子どもたちの育ちの間に相関関係が見られることから、心の健全な発達の上でも食生活が重要な意味をもっていることが、明らかになっています。さらに、食生活は健全な家庭を築く上でも大きな意味をもっていることから、現在の子育て家庭の食生活の乱れを放置することは、子どもの幸せを奪うことにもつながりかねません。
そこで、園が食育についての取り組みを強めることがどうしても必要になってきたのです。保育の専門職である保育士や幼稚園教諭が、今、次世代を担う子どもたちの食育に取り組まなければ、大変な未来を迎えてしまうかもしれないのです。そして、子どもたちが、将来大人になって幸せな家庭を築いていくためにも、子ども時代から食を営む力を意識的に育てていく必要があるのです。
食育をめぐる最近の動き
食育の必要性については、国も強く認識しており、首相が2003年秋の国会の施政方針演説の中で、「食育を推進し・・・」と述べたのをはじめ、次世代育成支援対策推進法の行動計画策定指針においても「食育の推進」がうたわれています。厚生労働省は、2004年2月に「楽しく食べる子どもに~食からはじまる健やかガイド~」を発表し、3月には「保育所における食育に関する指針」を通知しました。7月には厚生労働省内に食育推進室が設置されました。
文部科学省関係では、学校教育法の改正によって、栄養に関する専門性と教育に関する資質を併せて有する栄養教諭の制度が2005年度から創設されます。学校で食を教える先生として食に関する指導に当たることができるようになります。
農林水産省は、「食育推進ボランティア」を全国で10万人育成し、保育園や幼稚園や学校で食についての指導や教育を行う取り組みを進めています。このように、国も具体的施策を打ち出して、食育の推進を強力にバックアップしています。また、食育基本法制定の動きもあり、今後さらに食育が国の重要な政策の一部になるものと思われます。
保育における食育とは
保育における食育活動自体は、何も特別な取り組みを意味するものではありません。子どもの咀嚼機能を獲得させるための離乳の働きかけも食育ですし、給食やお弁当の指導、絵本・パネルシアター・エプロンシアター・カルタなどの教材を使って食を教えたりすることや、野菜の栽培や収穫・買い物・クッキングなどの体験活動もすべて食育と言えるわけです。また、園だより・レシピの配布・給食試食会・食事アンケート・保護者の調理実習・講演会なども、保護者に対する重要な食育活動です。このように、現在の園での子ども生活や園の企画の多くが食育活動の一部をなしているのです。
しかし、こうしたせっかくの取り組みも単発的・断片的に終わっていたり、子どもたちに何を育てるのかを明確にしないで行われてきた場合が少なくありません。いま求められているのは、「子どもたちに何を育てるのか」ということを明確にした上で、そのためにはどんな働きかけや教材が有効であるかを保育者がきちんと押さえて行う「計画的に進める食育」です。保育計画・指導計画の中に食育を位置付ける必要があるのです。
食育で何を育てるのか
では、食育の取り組みで、子どもたちの何を育てればよいのでしょうか。私は、食育は三つに区分して整理すると理解しやすいと考えています。その三つとは、「身体を育てる食育」「心を育てる食育」「知識やスキルを育てる食育」です。
「身体を育てる食育」には、栄養を過不足なくとって身体を成長させるために、「好き嫌いなく食べることができる力」を育てたり、食欲がある状態で食事をとるための生活リズムを作ったりすることなどが含まれます。「心を育てる食育」には、食を通して人と関わる力を育てたり、人としてのふるまいを身につけたりすることが含まれます。「知識やスキルを育てる食育」には、食べものの名前やはたらき、食べ方、旬、調理法などの知識や技術を身につけることなどが含まれます。
このように、食育の目指すものを、三つに分けて、年齢ごとにねらいや内容を設定していく必要があります。そうすることで、保育計画の中に位置付けやすくなるのではないでしょうか。なお、園での食育計画の立て方や進め方については、この連載の第5回で具体的に述べることにします。